Wednesday, April 24, 2013

強制送還再開への抗議を!――入管が被送還者の食事に睡眠薬を盛った疑惑も



1.国費無理やり送還の再開
  法務省が2013年に入ってから、3件の無理やり送還をおこなったことがわかりました(東日本入国管理センターから1件、東京入国管理局から2件)。仮放免者の会(関東)として、この3件の無理やり送還について、法務省入国管理局・東京入国管理局・東日本入国管理センターの3者あてで抗議の申し入れをしました(申し入れ内容については記事末尾の「申入書」をごらんください)。

  2010年3月に、法務省はガーナ人スラジュさんを送還中に死亡させる事件を起こしております。


  この事件以来、帰国に同意していない人の身体を拘束して無理やり飛行機にのせて帰国させる、いわゆる「国費無理やり送還」を、法務省はほとんどおこなっていませんでした。
  ところが、昨年末に法務省は、チャーター機を使っての集団送還の方針を打ち出しました。


  法務省は、こうして集団送還の方針を打ち出すいっぽう、この3年近く事実上の停止状態にあった個別の無理やり送還を、1月から3月にかけて立て続けにおこなってきたことになります。


2.長期滞在者を送還することの不当性
  このたび送還された3人は、いずれも難民申請者ではなく、また日本に家族がいなかったようですが、それぞれ12年から26年ものあいだ日本に滞在していた長期滞在者でした。

  法務省側の理屈からすれば、「不法滞在者」を入管法にさだめられた退去強制手続きにのっとって摘発し、審査し、退去強制令書を発付し、強制送還した、ということになるのかもしれません。しかし、「申入書」にも述べたとおり、この3件の送還は、この10年あまりの入管行政の歴史的経緯をかんがみるに、いちじるしく道理を欠くものであって、とうてい容認できません。

  とりわけ2003、2004年以降の入管行政がいかにご都合主義としか言いようのないものであったのかは、このブログの以下の記事でくわしく述べていますので、ここでは、要点のみかいつまんで述べます。


  周知のとおり、1980年代以降、バブル期を中心に、日本の社会・経済は、正規の滞在資格をもたない移住労働者に大きく依存してきました。法務省『出入国管理白書』によると、ピーク時の1995年には30万人弱、その10年後の2005年にも20万人以上のオーバーステイの外国人が日本に滞在していたといいます。

  ところが、法務省は2003年の政府による「不法滞在者の半減5か年計画」を受けて、非正規滞在外国人の集中的な摘発にのりだします。実際にこの「計画」の目標どおり、結果として非正規滞在者を5年で「半減」させることになるこの徹底的な摘発は、日本政府みずからが主導する差別的なプロパガンダのもとで、すすめられました。上述の記事でもみたように、在留資格のない人たちがあたかも凶悪犯罪の温床であるかのような差別煽動キャンペーンを結託して推進してきたのは、たとえば、法務省であり、入管であり、警察であり、また東京都のような自治体だったわけです。そうした官による差別煽動とともに、一部のマスメディアもまた「外国人」とりわけ「不法滞在」の外国人と凶悪犯罪をむすびつける差別的な報道を現在までくり返してきました。

  こうして外国人に対する「国民」の不安・敵意をあおることで、法務省等は、それまでさまざまな場所で日本社会・日本経済において必要な労働をになってきた非正規滞在外国人を摘発し追放することを正当化しようとしてきたのです。

  なぜ、この2003年から2004年にかけて、従来は積極的な摘発を見合わせてきた非正規滞在者に対し、一転して徹底的に排除する方向へと政策転換がおこなわれたのか。そこには、さまざまな利害関係や利権、意図が複雑にからみあっていただろうことはたしかです。しかし、はっきりしているのは、この法務省の入管行政の転換は、労働行政において進められていた労働者派遣事業への規制緩和とあきらかに連続しているということです。

  「申入書」でも指摘したとおり、「不法滞在者の半減5か年計画」の初年にあたる2004年とは、派遣労働の自由化が製造業分野にもおよんだ年にあたります。製造業で働く非正規滞在の労働者が入管や警察に摘発され強制送還されるいっぽうで、そのすき間を埋めるように、労働行政によって、あらたに雇用の不安定な派遣労働者が創出されたわけです。つまり、ここで生じたことは、製造業分野における、(雇用者側からみれば)安価でかつ解雇しやすい「労働力」を、非正規滞在労働者から非正規雇用労働者へと入れ替えるということであります。

  非正規滞在の外国人労働者であれ、非正規雇用の派遣労働者等であれ、たんなる「労働力」ではなく、人間です。尊厳があり、生活があります。雇用者側の都合しだいで使い捨てられてよいわけがありません。

  もとより、非正規滞在の労働者は、労働者として必要とされながらもその滞在と就労が不法「化」され、その不安定な地位によって雇用者にとって解雇しやすく安価な「労働力」として利用されてきた存在です。労働者として必要なのであれば、日本政府は、かれら・かのじょらの滞在と就労の資格をきちんと法的にみとめたうえで移住労働者として受け入れるべきでした。それは、かれら・かのじょらの権利と尊厳が保障されるために最低限必要なことだったはずです。

  ところが、日本政府がおこなったことは、かれら・かのじょらを雇用者が利用しやすいようにあえて不法状態に置いたまま導入し放置するということでした。そして、政府方針の変更とともに、その「不法」状態をよいことに、突如として摘発を強化し、追い払いにかかったわけです。なんと自分勝手なのでしょう。ご都合主義もいいところです。

  以上の理由で、私たちは、今年に入って立て続けにおこなわれた、長期滞在者に対する無理やり送還を容認することはできません。


3.被送還者の食事に薬を混入させた疑惑
  関東での3件の無理やり送還のうち1件(東京入管からの送還)については、被送還者(以下、「Gさん」とします)の食事に入管がひそかに薬物を混入させた疑いがあります。

  まず、Gさんが送還される数日前に、職員のあきらかに不振な行動が目撃されております。

  その日の午後、東京入管に収容されていたGさんは、ひざの関節炎の診療のため、職員の同行により外部の病院に出かけており、夕食が配られる17時ごろに帰室が間に合いませんでした。入管の収容施設では、食事は、施錠された居室に職員らが人数分の弁当を差し入れるかたちで配られるのですが、その時間にGさんはまだ病院から帰ってきておりませんでした。

  こういった場合、通常では、差し入れられた弁当は外出中の被収容者が帰室するまで居室に置いたままにされるそうですが、この日は職員が通常とは異なる行動をとりました。職員は「Gさんはまだ帰ってこないから」と同室の被収容者に声をかけ、いちど差し入れたGさんの弁当を職員に返却するようにもとめました。同室の人がこれに応じ、職員はGさんの弁当を持ち去りました。

  東京入管や東日本入管センターの被収容者に聞いてみたところ、診療や聴取などのために被収容者の帰室が遅れるのはよくあることだといいます。しかし、いちど差し入れた弁当を職員が持ち去るという場面は皆「見たことがない」と口をそろえて言います。

  さて、Gさんは18時ごろに病院での診療からもどってきて、すると、職員はさきほど持ち去った弁当をふたたび居室に差し入れました。Gさんはすぐに弁当を食べ、ねむってしまいました。Gさんは、ふだんは食後のタバコを欠かさない人だったため、同室の人たちはGさんが食後すぐにタバコもすわずにねむってしまったのが、印象にのこったと言います。また、Gさんは、いつもは、食事のあと同室の人たちとカードゲームをするなどし、消灯の10時頃にはかならず歯みがきをし薬を飲んで寝るという習慣を規則正しくまもっていたので、その日、歯もみがきも服薬もせずに寝てしまったのが変だったといいます。

  翌日の午前中には、Gさんは、おなじフロアの被収容者たちに「体がだるくて力が入らない」「体が動かない」と身体の異変をうったえています。

  このように、職員の不振な行動、食事後のGさんの身体の異変から、入管がGさんの弁当に睡眠薬のような薬をひそかに盛った可能性は高いとおもわれます。また、強制送還において被送還者本人の同意なく薬物をもちいるという入管の犯罪的な手口は、過去にも被送還者の証言等からあきらかになっており、そのような手法を入管が今回とったとしても「意外」ではありません。


  ただし、Gさんが送還されたのが、この薬物混入疑惑の数日後であって、この疑惑が事実だとすると、なぜ薬物混入と結果的に送還された日のあいだにズレがあるのかという疑問はのこります。薬物を混入させた翌朝に送還する予定だったのがなんらかの事情で送還を延期したのか。あるいは法務省が計画しているチャーター機での一斉送還にむけて、より確実な執行方法を検討するために「試験的に」薬物を混入させたのか。

  送還対象者の収容および送還の執行が、第三者の監視なしの、いわば密室でおこなわれるため、ことの真相はあきらかではありません。むりやり送還自体の不当性はおくとしても、送還が合法的かつ安全におこなわれた(おこなわれる)のかということは、現状ではまったく担保されておらず、疑惑が事実ではないというのなら、その説明責任は法務省と入管の側にあります。


4.東京入管への申し入れ――執行部門担当者は面会拒否
  私たちは、4月5日の東京入国管理局への申し入れで、以上の薬物混入の疑惑についてもふくめて、送還の執行を担当する部署である執行部門の責任者に面会して問いただしたいと考えていました。しかし、執行部門は私たちとの面会を拒否したため、申し入れは総務課の渉外担当にのみおこないました。また、総務課をつうじて執行部門との面会のアポイントを申し込みましたが、これも実現しませんでした。

  結局、私たちの申し入れに対し、「ご意見としてうけたまわりますが、回答はひかえさせていただきます」というのが、総務課をつうじての東京入管の返答でした。また、私たちが要請した執行部門との面会についても、総務課をつうじて「さしひかえさせていただきます」との返答がありました。

  私たちが東京入管執行部門に面会をもとめたのは、申入書への回答を聞きたいこともありましたが、違法な薬物投与等の行為がおこなわれなかったのかといった、強制送還執行にあたっての合法性・適切性について確認をしたいということもありました。

  入管は執行部門にかぎらず、私たちに対しては、「個別の事例についてはお答えできない」と言ってくるのがつねです。もちろん、「個別の事例」についての説明や回答ができないという事情も、場合によっては納得できます。しかし、一般論としての質問、たとえば「送還において被送還者の同意なく薬物投与をおこなうことはありうるのか?」「そのような行為がかりにおこなわれたとして、それを入管は合法また適切な送還手段と考えるか?」といった質問をされることに、入管側にとってなにか支障があるというのでしょうか。違法あるいは不適切な送還をやっていないのなら「やっていない」と答えればよいのだし、合法かつ適切な方法で送還をおこなっているのならば、そう説明すればよいだけの話です。

  ところが、東京入管の執行部門は自分たちが合法的に職務を遂行しているという最低限の主張・説明すらしようとせず、現時点まで面会を拒否しているわけです。

  したがって、私たちとしては、入管の強制送還がほんとうに合法的におこなわれているのかという点で最低限の信用すらできないのが現状であり、この観点からも国費無理やり送還の再開を容認することはできません。


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申  入  書
2013年4月5日
法務省入国管理局
東京入国管理局
東日本入国管理センター
仮放免者の会(関東)

  2013年に入り、貴局らは3人の帰国拒否者を同意なしに国籍国に送還しました。1月に東日本入国管理センターに収容されていた1名(タイ国籍)、2月末と3月中旬にはそれぞれ東京入国管理局に収容されていた1名ずつ(2名ともフィリピン国籍)が、送還されたことが仮放免者の会の調査によりあきらかになりました。この3人の送還に厳重に抗議するとともに、以下、申し入れます。


1. 国費無理やり送還の再開の経緯について説明すること
  2010年3月に、ガーナ人Abubakar Awudu Surajさん(以下「Surajさん」)が強制送還中に死亡する事件がありました。この事件以降、本人の同意なく、身体を拘束しての国費送還(以下「国費無理やり送還」)は、事実上の停止状態にあったと私たちは理解しております。ところが、2013年に入って、貴局らは立て続けに3件の国費無理やり送還をおこないました。

  Surajさんの事件により、私たちは国費無理やり送還の安全性について強い疑念をいだいております。また、Surajさんは入管職員による制圧の直後に死亡しており、職員による制圧と被害者の死亡のあいだの因果関係が疑われます。しかも、被害者遺族が提起した国家賠償請求訴訟はいまも進行中であって、貴局らは、法廷における事件の真相究明にあたっての事実関係の開示や立証等の責任を依然負っているところです。

  このような状況にあって、なぜ国費無理やり送還を再開したのか、その判断の根拠の説明を求めます。また、今年になって再開した国費無理やり送還において、貴局らがSurajさん死亡事件をふまえての十分な再発防止策をとったと考えているのか、また具体的にいかなる再発防止策をとったのかについて、回答と説明を求めます。


2. 国費無理やり送還を即時停止すること
  今回送還された3名の日本滞在歴は、それぞれ12年~26年間におよぶものと私たちは把握しております。3名とも難民認定申請や退去強制令書取り消し訴訟をおこなっておらず、また日本に家族がいなかったとのことですが、いずれも長期の滞在者です。

  仮放免者の会では、今年2月に法務省入国管理局に対して、とくに以下に該当する者に早期に在留資格を付与するよう、申し入れました。

(1)UNHCRの難民認定基準ハンドブックにのっとり、難民に該当する者
(2)日本に家族がいる者
(3)2003年以前からの長期滞在者

  今回、送還された3名は、いずれも(3)に該当する長期滞在者でした。

  2003年12月の政府の犯罪対策閣僚会議による「犯罪に強い社会の実現のための行動計画」を受けての法務省の「不法滞在者の半減5か年計画」開始後、貴局らは、非正規滞在外国人の集中的な摘発をおこない、まさにこの計画のとおり、5年間で「不法滞在者」数を半減させるにいたりました。

 しかし、この2004年ごろからの突如としての摘発強化は、それ以前から非正規に滞在していた外国人にとって、いちじるしく整合性を欠くご都合主義的なものと言わざるをえませんでした。なぜなら、1980年代後半からのバブル景気におけるいわゆる3K労働の現場、阪神・淡路大震災からの復旧・復興工事、長野オリンピック会場の建設工事をはじめとするさまざまな場において、日本経済・日本社会が欠かせない労働力として、これら非正規滞在の外国人に依拠してきたのはまぎれもない事実だからです。そして、この非正規滞在外国人の労働力への依拠は、貴局らの関与(摘発をあえてゆるめるといったことも含めて)なしには不可能であったのも、まぎれもない事実です。

  「不法滞在者の半減5か年計画」の初年にあたる2004年とは、労働者派遣事業の規制緩和(派遣労働の自由化)が製造業分野にも及んだ年でもあります。この年からの貴局らによる集中的な摘発は、製造業現場から非正規滞在外国人をしめだすことになり、結果的に、労働者派遣事業者にとって日本人労働者や在留資格・就労資格のある外国人労働者を派遣できる「すき間」をつくり出したことになります。

  このように貴局らの摘発強化は、労働者派遣事業者のビジネス・チャンス拡大には多大な貢献をしましたが、それまで製造業や建築業等の現場で労働に従事してきた非正規滞在外国人にとってみれば、ご都合主義としか言いようのないものでした。それまで必要な労働力として非合法のまま放置されていたかと思えば、こんどは「もはや用済み」とばかりに、摘発され帰国をせまられたのですから。

  非正規滞在の外国人は、たんなる「労働力」ではなく人間です。10年以上もの長期にわたって滞在している者は、すでに日本に深く生活基盤を有し、出身国での人的なつながりがもはや希薄になっている者が大多数です。国籍国への送還が、身の危険をもたらすおそれのある難民申請者や家族との分離をもたらす者はもとより、長期の滞在者の多くもまた、帰るに帰れない事情をかかえた者たちであると言えます。長期にわたり日本に滞在してきた送還忌避者には、それぞれ帰国に同意できない事情があるのであって、また、とくに2003年以前から滞在する者を本人の同意なしに送還することは、入管行政の整合性の観点から言って道義がありません。

  以上の理由をもって、国費無理やり送還の即時停止をもとめます。


以  上
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【写真(4月5日、東京入管にて)】



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