6月29日(水)、大阪入国管理局に収容されているイラン人男性(「Aさん」とします)が、大阪地方裁判所に国賠訴訟を提起しました。Aさんは、右半身のしびれなど脳梗塞を疑われる症状をうったえて職員にくりかえし診療を求めたものの、大阪入管がこれを拒否しつづけてきたことから、精神的苦痛に対する国家賠償と医師の診察の義務付けを国に求めたものです。
- 入管収容男性 治療拒否と提訴 - NHK 関西 NEWS WEB(2016年6月29日)
- 大阪入管に収容中の男性が医師の診療を拒否され、適切な医療措置を求めて提訴 | 暁法律事務所(2016年6月29日)
1.大阪入管による診療拒否・医療ネグレクトの実態
Aさんは、1969年生まれの男性で、大阪入管に入所するまえに、脳梗塞を発症したことがあります。
大阪入管入所後の昨年10月11日、Aさんは右半身がしびれ、ろれつがまわらないという症状があらわれ、動くこともしゃべることもできない状況になり、病院に搬送されました。搬送先の病院では、「脳梗塞疑い、一過性脳虚血発作疑い、視床痛」と診断されています。
「一過性脳虚血発作」とは、「脳梗塞の前兆」とも言われ、これを治療せずに放置した場合、脳梗塞を発症する可能性が高いとされます。この病院に搬送された日は、さいわい後遺症など残らずにすみましたが、この後もAさんは右半身のしびれなどの症状にくり返し悩まされることになります。
ところが、大阪入管は、その後現在ににいたるまで8か月以上にわたってAさんの診療をおこなわず放置しつづけています。2月末には、これも脳梗塞との関連の疑われる左耳の難聴と耳鳴りを発症。しかし、こうした新たな重要な症状が出ているにもかかわらず、大阪入管はAさんの診療要請を拒否しました。
さらに今年3月、Aさんが入所前に脳梗塞を発症して以来、7,8年間服用をつづけてきたバイアスピリン(血栓をできにくくする作用があり、脳梗塞を発症したことのある人に処方されることのある薬です)の処方が医師の診察もなしに突然中止されました(「医師は、自ら診察しないで治療をし、若しくは診断書若しくは処方せんを交付し」てはならないと規定する医師法20条に違反する可能性があります)。Aさんは処方再開を求めましたが、大阪入管はこれも拒否しました。
2.たびかさなる職員による暴言とその背景
診療やバイアスピリンの処方再開を求めるAさんに対して、職員による問題発言・暴言もくりかえされています。
診療の申し出が不許可になった際、Aさんが職員に「私はどうしたらいいのか」と尋ねると、「私たちには関係がない」「あなたの問題だ」と突き返されました。
また、左耳が聞こえなくなったと訴えるAさんに対して、「片方の耳が聞こえなくても生活できるだろう」との職員の暴言もありました。さらに、その後も、「電話しているから耳は聞こえているはずだ」と暴言をはいた職員もいました(Aさんは聞こえるほうの耳を受話器にあてて電話していたのです)。
もちろん、これらの職員の発言は許しがたいものですが、問題の本質は、大阪入国管理局が局としてAさんの診療を拒否しつづけていることにあります。大阪入管には週2回診察をおこなっている医師がいますが、Aさんが右半身のしびれなどの症状を訴えて以降、この医師は1度もAさんを診察しておりません。
では大阪入管は、どうやってAさんの診察について「必要ない」と判断しているのでしょうか。医療従事者ではない入管職員が勝手に判断しているのか、あるいは、医師が職員らから症状等について報告を受けて判断をくだしているのか。いずれにしても、問題です。右半身のしびれや耳が聞こえなくなったという重大な症状をうったえている被収容者について、専門的な知見を有する医師が一度も直接診ることなしに、大阪入管は「診察不要」と判断しつづけているわけですから。
Aさんは、入管に身体を拘束されているため、自分で病院に行って診療を受けることはできません。つまり、入管が「診療が必要である」との判断をしないかぎり、治療を受ける機会を得られないわけですが、大阪入管は医師による初診すらなしに診療不要との判断を下し、8か月あまりにわたってAさんが治療を受ける機会をうばっているのです。
このように、あきらかに診察を必要としている被収容者にすら大阪入管はこれを許可しないのですから、現場の職員が目の前にいる被収容者の病状を軽く評価しようとするようになるのも不思議ではありません。入管の職員も、耳が聞こえなくなったとうったえているのがかりに自分の家族や友人だったならば、これを放置してよいとは考えないだろうし、「片方の耳が聞こえなくても生活できるだろう」などという暴言を平気ではくとも考えられません。「電話しているから耳は聞こえているはずだ」という、Aさんのうったえを詐病あつかいする発言も、そうであってほしいという職員の願望を反映したものではないでしょうか。
常識的に見て病院に連れて行くべきだと思えるひとが目の前にいても、そのひとに診療を受けさせることを上司は許可しない。あるいは、症状の深刻さを報告書にまとめ、診察が必要だと思われるとの意見をそえても、診療は許可されない。このような組織で働いていれば、職員が被収容者の病苦のうったえや症状を軽くみつもったり、あるいは、詐病とみなしたりと、自身の認知のほうをゆがめるようになるのは、ある意味「自然」ではあります。
以下の記事でもふれたように、2013年10月から翌14年11月の1年あまりのあいだに、東京入管および東日本入国管理センターでは、4人の被収容者を病死させています。
このうち、ロヒンギャ難民フセインさんの死亡事件では、同室の被収容者によると、あわを吹いて痙攣(けいれん)しているフセインさんを前に職員が「癲癇(てんかん)なので大丈夫」と発言しています(フセインさんは結果的に癲癇ではなく「動脈瘤破裂によるくも膜下出血」で亡くなっています)。また、翌年のスリランカ人ニクラスさんの死亡事件でも、心臓の痛みをうったえるニクラスさんを前に、職員が「立ってるし、歩けるから大丈夫じゃないの」と発言したとの同室の被収容者の証言があります。
これらのケースは、医療の専門家ではない職員が医療判断をおこなっているという点でまず問題ですが、被収容者の病状を軽く評価したいという、収容場の現場にいる職員の心理的傾向をあらわした事例にも思えます。
病状が深刻なものかどうか、医者ではない素人には判断できないことですから、異常がみられればただちに専門家(=医者)にみせることが必要です。ところが、現場の職員がそうしようとしてもできないような職場であれば、職員は、病状が深刻かもしれないという可能性を打ち消す方向に自分の認知を操作しようとするでしょう。自分が重病人を助けずに放置しているかもしれないという可能性を認識するのはたえがたいものですから、目の前にいるひとの病状は「たいしたことはないはずだ」、あるいは「詐病にちがいない」と思い込もうとするわけです。
もちろん現場職員の暴言は非難されなければなりませんが、なにより問題にすべきなのは、被収容者の生命を軽視していると言うよりほかない入管の診療体制ならびに組織的体質です。
3.Aさんの裁判、ならびに被収容者の人権状況にご注目を!
入管によって退去強制の対象とされているひと、しかも収容中で入管に身体を拘束されているひとが、国賠訴訟をおこなうのは、きわめて異例です。提訴への報復として、入管が恣意的な不利益処分をおこなう可能性を考えないわけにはいかないからです。
Aさんが今回提訴を決意するまでには、少なからず葛藤があったようです。かれが国・入管を相手に、法廷でみずからの権利を主張していくために、多くのひとの関心と支援が必要です。今後、裁判の傍聴など支援をここで呼びかけることになると思います。裁判の推移、また大阪入管の状況にご注目のほどよろしくお願いいたします。
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*この件について問い合わせ等は、仮放免者の会・永井(ながい) 090-2910-6490 までお願いします。
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