1.なにに抗議してのハンストなのか?
5月9日に開始された東京入管被収容者たちによるハンガーストライキ。どのような背景のもとで起こったハンストなのでしょうか。ハンスト者の声明と、ハンストにいたる経緯、被収容者をとりまく状況から考えていきたいと思います。
ハンスト参加者の要求書(英文)には、6点の人権問題があげられています。
くり返される収容(再収容、再々収容)、長期収容。生命にかかわる強制送還。理由の説明なく仮放免申請が不許可にされること。仮放免申請の結果が出るまで時間がかかりすぎ、また仮放免されるさいに預けなければならない保証金が高すぎること。生活費の支給なしに難民申請者の就労を許可していないこと。仮放免者の移動の自由が制限されること。
ハンスト参加者たちが抗議しているこれら6点は、これから述べるように、仮放免者をめぐる最近の入管側の制度運用と密接に関係しています。
2.再収容の急増がまねいた反発と抗議
昨年1月から東京入管は、就労と住所に関する「仮放免許可条件違反」を理由とした再収容・再々収容を頻繁におこなっています。仮放免者は、就労をしないことや、入管が許可した住所に住むことなどといった条件をつけられて仮放免を許可されています。東京入管では、こうした仮放免の許可条件に対する違反を理由としての再収容や、あるいは難民申請の棄却を契機とした再収容が、現在、激増しているのです。
ところで、就労に関するものにしろ、住所に関するものにしろ、許可条件違反を理由としての再収容について、入管の運用はきわめて恣意的なものです。
たとえば、住所について、以前は仮放免者が引っ越しをした後に住所変更の許可を申請しても、入管職員は、先に許可を受けたうえで引っ越すよう口頭で注意をするものの、いちいちこれを理由に再収容してはいませんでした。許可された住所に住むことを入管が仮放免許可条件のひとつとしているのは、居所の把握と逃亡の防止という趣旨によるものでしょう。このような趣旨に照らすならば、住所変更の許可申請が遅れても、仮放免者がみずから出頭して住所変更を申請している以上、仮放免許可を取り消して収容するまでの重大な条件違反ではないと以前の東京入管は判断していたものと思われます。ところが、現在では、住所変更申請が引っ越しよりも後になったという、それだけの理由で収容するように、東京入管は運用を変化させています。
就労を理由とした再収容にしても、また、難民申請の棄却を契機とした再収容にしても、やはり東京入管は恣意的におこなっています。つまり、再収容する場合もあれば、再収容しない場合もある、ということです。そうした恣意的な運用をおこないながら、東京入管は近年、仮放免者の再収容を急増させてきました。
こういった仮放免者の再収容・再々収容の増加が、反発と抗議をまねくのは、必然的でした。
よく知られているように、入管による収容はきわめて過酷なものです。過酷な収容生活にたえてようやく仮放免になっても、就労は許可されず、国民健康保険に加入できないので思うように通院もできず、移動の自由が制限されたなかで生活していかなければならないのです。収容生活も過酷ならば、仮放免されても過酷。
帰るに帰れない事情(難民であったり、日本に家族がいたり、長期の滞在のなかで出身国での生活基盤がすでにうしなわれていたり、など)があるからこそ、こうした過酷な状況にたえながら、日本での在留資格を求めているのだと言えます。
今回の東京入管でのハンスト参加者の多くは、長期滞在者であり、収容2回目以上になる人たちです。要求書にあるように、くり返される収容と長期収容とともに、就労が認められず、移動の自由も制限された仮放免の苦境に置かれることに対する抗議として、ハンストがおこなわれているのだと言えます。
3.なぜ東京入管は再収容を急増させているのか?
入管側はあきらかに、仮放免者数を減少させたい、あるいはその増加をおさえたいという目的意識をもって東京入管での再収容を急増させているのだと考えられます。
仮放免者数は増加の一途をたどってきました。もともと2004年から5年間をかけての大量摘発前、退令仮放免者数(退去強制令書を発付された仮放免者の数)は500名程度でした。それが、非正規滞在者の大量摘発と共に、帰国することのできない非正規滞在者の存在をあぶりだす結果になりました。彼/彼女らは、2・3年を越える長期収容にも耐え、仮放免となっていきました。ここから、仮放免者数の増大が始まります。2009年7月の入管法改定時に約1,250名だった仮放免者数は、2012年10月末段階で約2,600名へと増え、2014年末で3,400名超にいたり、2015年末で3,600名をこえています。この人数が増大しているということは、何を意味するのでしょうか。それは、入管が退去強制の対象にしているけれども、当面、退去強制を執行できる見込みがない人の増大であると言うことができます。
こうした仮放免者の増大の要因が、いちじるしく低い難民認定率にあるとともに、バブル期以来の外国人労働者政策の矛盾にあるのだということを、私たち仮放免者の会はくり返し主張してきました。日本政府は、外国人労働者の受け入れを「専門的な知識,技術,技能を有する外国人」に限定する政策を公式上はとってきました。しかし、日本社会は、非専門的分野での外国人労働者を呼び込み、いわば安価な労働力として利用してきました。以下の記事などで述べてきたとおり、いわゆる単純労働に従事する労働者の非公式的な導入・利用は、政策的な作為/不作為があって可能になったものでもあります。
上記の記事で述べたように、バブル期以降に日本政府・日本社会が労働力として非公式的に導入した外国人のうち正規の滞在資格をもってない人たちを、2004年以降、法務省・入管当局は「不法滞在者の半減5か年計画」と称して強引に一掃しようとしました。けれども、そうした矛盾にみちた強引なやり口がゆきづまるのは必然でした。その結果として、退去強制の執行がとどこおり、仮放免者数が増加していくという現状をまねいたのです。
2015年10月1日、全国の入管施設で一斉に、仮放免許可書に就労不可の記述を書き入れるようになりました。これまで黙認してきた就労についての禁止の明示です。すでに前年末、仮放免者が3,400人を越え、無視できなくなった法務省入国管理局から、全国の入管施設に指示が出ての動きだと思われます。すでに述べたように、仮放免者数が増大したこと、加えて仮放免期間が長期化していること、これが社会的に「仮放免者問題」を生み出しました。仮放免者は社会保障から排除されているため、病気になっても通院できずに我慢します。そのため、毎年、何人かが、治療を受けないまま亡くなっています。こうした仮放免者数が増大し、仮放免期間が延びて良いわけがありません。その解決のために、私たちとしては、在留特別許可の基準を緩和することを求めています。しかし、入管が選択したのは、退去強制執行の厳格化……収容、送還の強化でした。
東京入管、名古屋入管、大阪入管、東京入管横浜支局などの地方入管は、仮放免許可書への就労不可の記述は一斉に始めたものの、その後、仮放免者を増大させない、できるだけ減少させるという点で、各地方入管なりにさまざまな運用をおこなっています。きっと、法務省入管から、仮放免者の減少という方針が出され、そのもとでの運用は各地方局に任されているのでしょう。東京入管がとった運用=手法は、昨年1月からの再収容の増大でした。難民手続きの棄却通知、あるいは就労、住居移転などの仮放免条件違反での再収容は、仮放免者数を減らすための手法でしかなく、送還の見通しも立たない仮放免者を再収容することは、いたずらに本人を苦しめるだけであり、収容権の濫用にほかなりません。
4.ハンスト参加者らから問われているもの
今回の第一報の記事で紹介したように、ハンスト参加者たちは、「職員に手を出さない」「職員に汚い言葉は使わず丁寧に話す」「物を壊さない」の3点をおたがいに確認したうえでストライキを開始したそうです。
それは、このストライキが、現場の職員たちを相手にするものではないこと、日本の法律、制度、組織のトップの考えをこそ第一に問題にしようとするものであることを示していると言えるでしょう。また、それは、たんなる収容場の処遇を問題にしたもの、いわば収容生活の改善を求めるものにはとどまりません。日本政府、また日本社会が、外国人に対するご都合主義的な利用と人権侵害をやめる方向に踏み出すことができるのか、ということが厳しく問われているのではないでしょうか。